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フィギュアスケートGPシリーズの日本ラウンド、〇HK杯が開催されている その男子初日に、
滞在先のホテルへ スタッフチーフの中也を指名して不審なお届け物があり。
覚えのない花束に添えてあったカードには、何とも不気味なメッセージが綴られていて。
大事なお仲間の息災をお望みなら、こちらまでお運びのほどを……
日頃 籍を置く自警団チームでも女だてらに遊撃隊長を任されている身。
若い顔ぶれが多い面子が動揺せぬようにと、
何とか平静を保ち、仲間らにはそこまでの詳細は語らなかったものの、
尋常ではない文面だし、下記として記されてあったメアドにアクセスすれば、
最寄駅なり目印になろう店なりが記された地図がUPされている。
“アタシに遺恨のある奴だろうか。”
この流れから見て どうやら何者かに拉致されたらしい顔ぶれは、
日頃の自警団の活動も共にするお仲間ではあるが、
新入りでまだあんまり慣れがなく、突発的な荒事への臨機応変が利かない。
絡まれたりして手に負えなかったら中也か上の者へ連絡して来いと、
事態によっては丸投げして良しとされてる面々で。
それさえ出来ないような窮地にあったというのかと察し、
本人たちには何の非もないとばっちりなのだろにということが、
自分の失態な何やへの罵倒より何倍も腹立たしい。
提示された場所は頻繁に使う土地ではないが、それでも土地勘が全く無いでなし、
地名にも覚えがないでなく、マップを呼び出すと交通機関を精査する。
いち早くと思えば目的地まで直行のタクシー一択だが、
完全に把握しきってない土地で、他人の最短コースで向かわれるのは得策ではない気がした。
それと、
“……まさか。”
こんな折に花束なんぞ贈られる心当たりは全く無かったものの、
そういえばと思い出すのが、数日ほど前の会場入りの折のこと。
滑走順のくじがあって、それへ立ち会う芥川と共に
ドライバーを請け負ってくれたスタッフを連れて到着し、
車は慣れた係員が駐車しておきますとキーを預かってくれたので、
そのまま入口へ足早に向かうのもいつもの流れ。
そういう采配になっているのも已む無い理由、
選手たちの熱狂的なファンたちが、正面ゲートではない通用口近くに群れなして集まっており、
もたついておれば人垣が膨れ上がって事故になりかねぬ。
今日など 公開試走もなければ会見の予定も無いような日だというに、
やはり大勢のファンが周辺へ詰めかけており。
関係者の出入りの邪魔にならぬようにと、警備員らにより車寄せから引き離されての人垣が出来ていたが、
自分たちは IDを首から掛けていたので、一瞥し合っただけですんなり通された。
これが演技の当日ならならで、
それぞれの滑走順に合わせた集中や調整があってのこと
選手ごとに やや時間差もて会場入りするのも知られている。
スタッフが付き添う選手もおれば、それとは別に入る関係者もいる。
中也は演技指導サイドのスタッフなので、芥川と共に入るのは常のこと。
たまたま通用口から顔を出していた大会関係者と目が合って
やあ お久し振りですねとかどうとか、障りのない挨拶を交わしつつ
そちらへ駆け寄りかかったのだが、
“…?”
誰かの視線を、いや、名前を呼ばれたような気がして、ンン?と肩越しに振り返りかかった。
『中也さん?』
不意な所作と立ち止まりかかった様子へ、どうしましたか?と仲間から声を掛けられ、
辺りには誰を呼ぶものか山ほどの歓声が満ちているのを嗅ぐように見回したが、
『…いや。』
空耳だろうと振り切って、何でもないよと向き直るとそのまま会場内へと歩みを進めた。
我らが貴公子は初戦から好調だが、昨年の自分たちのようなダークホースがいる。
此処だけの話、さほど順位に貪欲になるつもりはないけれど、
怪我でもしては大事だ、油断は禁物と発破を掛けにゃあと、
ドアの傍ら、女性相手だからか重いスイングドアを支えてくれている関係者へ微笑みつつ
あっさり注意も移った一コマだったのだが、
“あんときの声の主からの招待状ってわけか。”
成程なと筋立ては判った。
その段階からすでに恨み骨髄だったのか、
それとも気づかぬまま振り切ったことへの “無視したなぁ”という逆恨みか。
途中までの道程を組み立て、現場となろう場所近くまでならばと
大通りに出るとようやっとタクシーを探して街路を見回す中也である。
◇◇
指定された場所に着いたのは まだ昼まで少しあるくらいという時間帯で、
それでも人通りのない辺りなのは、陽が落ちてから賑わうような系統の店が集まっている場所だからか。
生活時間ごとずれ込んでいるものか、住人も通いが多いのか、
初冬の乾いた陽射しが古びたアパートや店屋のコンクリの壁を白く照らしているばかりの
何だか廃墟一歩手前のような空気さえする区域に着いた。
夜の帳にくるまれて誤魔化しが利く時間帯じゃあないせいか、
起き抜けで化粧前のキャバ嬢みたいな素っ気なさな中、
わざとらしく靴底で砂利を擦るような音がした。
そちらへ顔を向ければ、やはりシャッターを下ろした店と店の間、
いかにもな路地の入り口という辺りに小柄な人影が立っている。
ファーの縁取りがある 一応はお嬢様風の膝丈コートに
やや高い襟のニットを合わせ、その襟に細い顎を埋めての仁王立ち。
中也とさして変わらない小柄な人物で、ハーフブーツも大してヒールは高くなく、
サングラスをかけているので細かい表情は判らぬが、
こちらが振り向いたのをみとめると 肩にかかる巻き髪を振り切るように背後へ向き直り、
付いて来いということかそのまま小道へ入ってゆく。
そうまで不遜な相手に付き合う筋ではないけれど、行方が分からぬ仲間の保身を思えば逆らえず。
背中を向けたままでお初の声を放ったのが、
「よくも私を無視してくれたわね。」
ああやっぱりなぁと、
何が原因の遺恨かの答えに思い当たってたことへ得心したのが半分、
くだらないことでまあと呆れたの半分という心持ちで、先を行く薄い背中に追随する。
全くの全然、実をいや今も依然として
どこの誰なのかが思い出せぬままの相手へ なんで愛想を振らねばならぬ。
いちいち反駁するのも馬鹿々々しいので黙ったままついてけば、恨み節はまだ続き、
「友達もつれて来てたのよ、なのに知らん顔で通り過ぎるなんて何様?
私の顔は丸つぶれだったわ。」
大方、有名人と知り合いなわたくしという自慢半分、
特別扱いされるつもりで前知らせもなくのやってきて、
その結果 相手にさえされなくて 勝手に面子をつぶされたと怒かっておいでなのだろう。
その友達とやらから 何よウソツキと罵られるかした格好で
恥をかいた、友達もなくしたとヒステリーを起こした挙句の報復を仕掛けて来たのらしく。
「……。」
いや、そんなの知らないしとついつい合いの手が出そうになったが
下手に突々いて怒りのボルテージを徒に煽ってもいかんと 受け流しておれば、
こういうことにはテンプレな、人が入り込みにくかろう陽の当たらない空地へと出た。
こんな奥まったところにも何か建ってたのだろう跡地らしくて、
基礎部分の跡だろうセメントの土台ブロックが点線のようにかすかに残っており、
3方向どころがほぼ四方を隣りにあたろう建物に取り囲まれていて、
周囲のビルも低層なものばかりなので頭上の空間だけがぽっかり空いているという
中途半端に明るい空間に、
廃材やら置き忘れられた塗料缶やらが、
ごみと一緒に煤けて隅っこに散らかっているという感の がらんとした空き地で。
“うわぁ、此処までテンプレとはね。”
誰が口添えした報復なのやらで、
こちとら …政財界の名士の令嬢が多々通うようなお嬢様学校を出て、
今は今で彼女はそれしか知らぬのだろう マスコミに華々しく取り上げられてる身じゃああるが、
その実、荒事の方にこそ馴染み深い物騒な身の上。
こういった場所へもお馴染みで、むしろ彼女がよく知ってたなぁと感心しきり。
内緒の話し合いにはもってこいだし、土地勘が無いなら逃げるのも勝手が判らなかろうから、
自分たちを有利にしたい顔合わせへの 威嚇の下地としては格好の場所かもしれぬ。
……ただし、こういう展開に慣れてなきゃあだけれども。
「おっとぉ、逃がしゃあしないよ?」
気配を消して潜んでいたつもりらしい、
ひょろっとした、それでも一端にスーツっぽいいでたちをした男が、
ビルの陰からササッと踏み出してきて 目の前を通り過ぎかけた中也の腕を取り、
振り返る暇も与えずの手際よく背後を取るとそのまま羽交い絞めにする。
おや、こういうことまで出来る取り巻きか 手の者がいたんだと、
そこはお嬢様ぽいなぁなんて暢気に思いつつ、
其奴が押さえて強いるのに合わせ、呼び出してきた彼女の方を向かされれば、
おもむろにサングラスを外したお姉さん、
ふふんと嘲笑いつつ弦の部分で自分の口元、リップの上を撫でるので、
粋な所作のつもりか知らないが、
“耳の裏ってあんまりきれいじゃねぇのにな。”
斜め上にもほどがあるようなどうでもよさげなことを思っておれば、
声も出ぬほど怖がっているとでも解釈したものか。
にぃと笑って歩み寄り、わざわざ顔を近づけて、
「大事な大事なお仲間さんたちが無事な方がいいでしょう?」
声を低めてそんな言いようを囁いてくる。
だからそのまま抵抗するなと言いたいらしく、
パッと手の届かぬ距離まで身を離し、
「私がどれほどの恥をかいたか、その身をもって教えてあげる。
そうね、半裸まで剥かれた写真をネットにあげるなんてのはどうかしら。
そんな辱め、いやよねぇ。怖いし、何より評判にも障るしねぇ。」
育ちのいいお嬢様には身の毛もよだつよなことでしょうねぇ、
想像もしてなかったでしょう?
そんなのドラマの中だけの絵空事、実は案外起こっていても自分には関係ない噺だとか?
歌うように続け、
「でもね、実は上流階層の間でこそそういう破廉恥な遊びが横行しているのよ?
誰もが見下す側でいたいじゃない。
だから隙あらば いやな相手を引きずり下ろしたくってうずうずしてるの。
私のお友達にもそういう人が多かったなぁ。」
何でも言うこと聞くから許してって、
昨日まで偉そうにしていた子ほど泣きわめいて取り縋るのよ?
あなたみたいな特上の地位にある人には判らないかなぁ?
取り巻きやシンパシィがたくさんいて、親衛隊を通さなきゃ声も届かない。
上級生まで様付けで呼んでたものねぇ、と。
一部、中也自身も知らなかった思い出話を紡いでから、
「さあ、まずは服を引き裂かないとねぇ。」
勿体ぶって、自分の外套の懐から さや付きのナイフを掴み出したその時だ。
「そのお嬢さんに手を出すのは、私が許さないよ。」
不意も不意、
一体どこから見てましたか、気配なんてちいとも感じなかったけれどという
不意打ちの極みで、くっきりとした声がかかったものだから。
「……っ!」
自分たちの方が断然悪行してましたという後ろ暗い自覚あってのことだろう、
焦ったように周囲を見回す不審な男女二人の焦燥ぶりが何とも滑稽。
中也としてはそんな助っ人などあてにしちゃあおらず、
むしろ、あ〜あ何でもお見通しかよと、しょっぱそうな渋面作ってしまったほどで。
そんな声の主はと言えば、
空き地のドン付き、隣のビルの窓もない壁沿いに積み上げられてあった資材の山の上。
いつの間に現れたのか、やや自堕落にも片膝立てて座っている存在がある。
丈の長い外套を、まるでどこかの王様のマントのように自分の周囲へ広げている優雅な様といい、
こんな切迫した場面だというのに はんなりした笑顔まで浮かべている様子は何とも鷹揚で、
「な…っ。」
彼女にしてみりゃあ予想外の展開だろう、
不意打ちにもほどがある存在の唐突な出現へ、びくっと総身震わせた女だったのへは目もくれず、
「中也、存分に抵抗して良いよ。
君んとこの粕谷君と丸川君は覚えのないタカリ屋に追われていたけれど、
私の身内が “通りかかって”加勢して助けたからね。」
「…っ。」
こんな断片で通じるほどに詰まらぬ段取りを仕組んでおり、
尚且つ、それが看破されての失敗に終わって
中也嬢への枷にはならないということまでも 脅迫者の側が察したのとほぼ同時。
「ありがとよっ。」
両腕を羽交い絞めしていた輩が状況について来れぬというに、
その態勢のまま かかとで地を蹴り、懸垂もどきで身を宙へと躍らせる。
不意に大きく抵抗され、思いもよらない力が掛かったのへ咄嗟に反応した引き上げも見越し、
肘を開いて遊びを作ったそのまま、
拘束が緩んだ隙をついての中空へくるんと逆上がりもどきで脱出した小柄な闘神。
コートの裾をばっさとひるがえしたのを目眩ましに、
相手の頭上をあっさり超える格好で あっという間に背後側へと到達しており。
首へこちらからがっちりとヘッドロックを仕掛けると体重をかけてそのまま足元へ身を落とす。
小柄な分だけ軽かったろうが勢いを付けたことでぐっと息が詰まったような声を上げ、
膝裏を突かれたことで無造作に頽れ落ちたのに2秒かかったかどうか。
「な…。」
あまりに鮮やかな形勢逆転へ、
後から出てきた背の高い助っ人の男の方を警戒していた女が唖然として見せたが、
「悪いな。
アタシもあんた同様、あの女学園出身ってのが嘘みたいなじゃじゃ馬でね。」
くくくと短く笑ってから、赤毛の板額御前が続けたのが、
「思い出した、確か高等部に途中で転校してきた何とかいったよな。
短大にも進学しないで ほんの1年ちょっとしかいなかったんじゃなかったか?」
「う、うるさいわねっ!」
窮地なのは察したようだが、まだまだ屈せぬとの悪あがき、
嘲笑もどきで顔を歪めながら言い放ったのが、
「それよりいいの?
スタッフがこんな暴力行為しでかして。
芥川選手、今季は出場禁止にならない?」
「はあ? 何言ってるかな。」
中也の方は純粋に、非合法行為はそっちが先だろと
話の順番が違おうよと、結局何の役にも立たなんだ男衆を取り押さえたまま憤然としていたが。
太宰は何故だか愉快愉快と声まで上げて笑って見せて、
「こんなか弱い女性へ掴みかかった暴行犯だ、責められるのはそっちだよ。
一部始終はあそこのカメラが収録してる。」
視線でちらと見上げた先には、
こんな路地裏の何を監視するためだか 小型の防犯カメラがこっちへ小首をかしげて設置されており、
レンズがちかりと光ったの、視野の中に探し当てた結果だろう、
ひいと掠れた声をあげる女へ、改めて底意地の悪い貌でにんまりと笑う。
「何か脅迫まがいな きな臭い話もしていたようだけど、
キミの父上、いやいや取引先の社長にでもこれを全部告げたらどうなるかな。」
そんな付け足しへ、中也がおやと目を見張り、
「何だ、知り合いか?」
「なにね、△△物産の社長と懇意にしていて。」
トラブルシューターやっててねと、にまにま笑った太宰だが、
そんなやり取りへ、女がますますと震え上がったのは、
彼が出した名が 成り上がった父上が一番の得意先としている取り引き先だからだろう。
自分もその傘下である威を借りてでもいたものか、
親世代のつながりだろうにあっさりと話が通じたようで。しかも、
「君んちって今 微妙な派閥争いしてるよね。」
太宰はそんな言いようを続ける。
「君の父上の鷹揚さにぶら下がってる取り巻きも多いけど、
誠実堅物な叔父上にもシンパシィはいる。
そこへ総領娘の君がこんなことをしでかしたと表沙汰になったら、
公には晒されなくとも取引先へこれが知れたならどうなる?
本人の業務上の不始末ではないから 引責って格好ではないながら、
それでも業績に関わる憂事の大元の責任者として
代表取締役の座は降りなきゃならなくなるかもしれないねぇ。」
「…。」
相手が中也を縛るべく繰り出してきた恐喝と似たような手口だが、
その場で自由を奪うどころじゃあない、彼女の一族の先々の進退にまで絡む話が出て来て。
まだ何も手は打ってないというに
もはやこれまでといわんばかりに真っ青な顔になった元同級生であり。
口先三寸だけで此処までやり込めるなんて、やっぱり格が違うと思い知らされる中也で。
“別に負けたとは思わねぇけどなっ。”
こんな卑怯悪辣なことが出来るのを自慢にしてどうすんだと、
元はマフィアだったの忘れたか、それとも棚に上がったか、
内心で負け惜しみ半分に言い放った姉様だったのは此処だけの話。
『ま、別にスケーターとしての活動へはさほど未練もないって、
芥川くんだけじゃあなく ウチの敦くんも常々言ってることだけどもね。』
なので正当な被害届出すぞとごねられてもそれはそれ。
こっちへの痛手は少なかったわけだけどと、
駆け付けた警察に連行されつつあったところを引き留めて
わざわざと後出しの切り札を囁かれ。
あまりに追い詰められすぎたからか、
棒読みのようなトーンで あははははと笑い声を洩らしていた
某社トップのご令嬢様だった。
to be continued.(19.11.16.〜)
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*今回はあんまり埃は立たなんだドカバキでしたが
長くなったので、太宰さんを活躍させるのは骨だとしみじみ実感。
裏で暗躍とか頭脳プレイとかには縁ないもの、う〜ん。

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